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計画的な無計画――師走の翁『精装追男姐』

※この文章はtwitlongerに投稿したつぶやき(http://www.twitlonger.com/show/n_1snhobv)を修正したものです。

 『精装追男姐』は師走の翁先生が2003年にヒット出版社から出版なさった単行本である。
 今回、一緒にエロマンガを語るツイキャスをやっているひかけんくん(@hikaken)に勧められてこの単行本を読んでみたのだが、あまりにもドライブ感溢れる内容に衝撃を受けたので、ここに簡単に感想を書き留めておこうと思う。



[あらすじ]

 本作は、大枠だけ見れば至ってシンプルでかつありきたりな話である。美少年でMっ気のある主人公が、学校の同級生であるSっ気の強い美女たちに調教されていくが、あるきっかけで逆転して、主人公のほうが責める側になる。しかしながら、このありきたりな大枠についた肉付けがあまりにもヘンテコで無茶苦茶なのである。

 本作は前半と後半でかなり話の内容が変化する(そしてどちらもヘンテコで面白い)ので、それぞれの内容について以下で分けて論じる。



[前半]

 まず前半は、主人公が美女たち三人に調教されていく部分であるが、ここで大活躍するのが主人公の男性器である。エロマンガなんだから男性器が活躍するのは当たり前だと思われるかもしれないがそういうことではない。なんと主人公の男性器は、本体である主人公からなぜか取り外し可能なのである。

 作中で「T-LINK」と呼ばれるこの機構(この名称はおそらくスーパーロボット大戦シリーズに登場する「T-LINKシステム」から取られているのではないかと思う)には、作中で厳密なルールが定められている。主たるものとして、以下の四つがある。

・男性器は、<主人公の身体を除く>自由な場所(有機物・無機物問わず)に着脱可能である(つまり、主人公の身体にはチンコが戻らない)。
・どこかにつけている時にのみ、主人公と男性器の感覚がリンクする。
・人間につけると、つけた人間にも男性器の感覚がリンクする。
・人間につけると、つけた人間の性欲を強くする。



 本作前半の魅力は、基本的にリアリティラインが高く、物理法則が破れることもない世界観の中で、このT-LINKによって「男性器を着脱できる」という点だけを現実から遊離させたとき、どれだけ現実には不可能な異様なプレイが出来るか、という思考実験の面白さにある。

 これは例えば、名前を書けば人を殺せるノートを使って高校生がどれだけのことができるか?とか、自衛隊の補給部隊が戦国時代にタイムスリップしたらどれだけのことができるか?といった、「現実に成り立っている条件をほんの少しだけ弄ることによってその結果を見てみる」という優れたSFの面白さと同じ質のものである。
 だからこそ、デスノートに厳密なルールが決められていたのと全く同じように、T-LINKにも厳密なルールが決まっていなければならないのだ。ルールの枠内でどれだけのことができるか?というのが、この種の思考実験の面白さだからである。

 実際、女の子に男性器を付けてふたなり化、といった多くの人が思いつくであろう応用はもちろん、主人公に自分の男性器への奉仕を強要する(ディルドイラマのように)とか、授業中にノートの影でフェラチオする(当然主人公に感覚が跳ね返ってくる)とか、バイブの先に男性器をつけるとか、一般的な想像力ではとても思いつかないような、少なくとも普通のエロマンガでは見ることのできなさそうなプレイを次々と見ることができる。
 私はこうしたプレイを見て、エロさよりもまずセンス・オブ・ワンダーを感じてしまった。チンコが取り外せるだけでこんなに面白いことになるのか!コロンブスの卵だ!というわけである。そういうわけで前半は、エロ漫画らしいエロシーンばかりが続くが、妙に知的な面白さに満ちている。



[後半]
 が、そうしたセンス・オブ・ワンダーを粉々に打ち砕く展開が後半に待っている。
 後半では、T-LINK現象を起こした犯人が主人公の身近にいたことが明らかになり、男性器が主人公の身体に戻る。しかし、ネタバレを避けるために抽象的に表現するが、その犯人というのがほとんど神の如き力を持つ人物であり(ちなみに、その人物が異常な力の持ち主であるという伏線は全くない)、後半では犯人が自らの神通力によって自分の意のままに世界の物理法則を改変していく。

 これは一見、前半で展開されていた、「現実のごく一部だけを厳密なルールにそって改変する思考実験の面白さ」を台無しにしてしまう展開のように思える。男性器が主人公の身体に戻り、T-LINKが使えなくなるというだけではない。犯人の力があまりにも強力であり、ルールやリアリティを完全に無視して、望み通りの出来事を起こせるからである。実際、前半のようなある種知的な面白さは後半にはない。
 しかし、そんなことはどうでもいいと思わせるパワーが後半にはある。とにかく犯人が起こすことが、そしてその絵面が、あまりにも馬鹿馬鹿しいのである。

 やはりこの馬鹿馬鹿しさはぜひ自分の目で確かめて欲しいので、ここでは詳細を省くが、一つだけ書いておくと、例えばチンコを取り戻した主人公が犯人の不思議パワーによって髪が逆立ち攻撃的なオーラをまとうようになったりする。要するに超サイヤ人である。
 他にも、超サイヤ人が分身したり、さらに超サイヤ人を超えた超サイヤ人になったりと、とにかくインフレ感・飽和感の強いハチャメチャ展開が目白押しである。さらにこうしたアホらしい展開が凄まじい密度で連続する。
 やはりこうした展開を見て生じるのはエロさとは別の感情なのだが、それはセンス・オブ・ワンダーなどという高尚なものではなく、要するに爆笑である。



[最後に・全体を通して]

 ここまで述べてきたように、『精装追男姐』は前半ではSFのような思考実験の面白さ、後半では"犯人"によるリアリティ無視のハチャメチャ展開の面白さが味わえる作品である。

 しかし、本作の真に素晴らしいところは、前半と後半で全く違った内容であり、さらに後半ではリアリティや伏線などを無視したテキトーなバカ展開を連打しているにも関わらず、不思議と一本の物語としてのまとまりを保持しているところである。ここまでハチャメチャだと読んでいるうちにどうでも良くなってきそうなものだが、不思議と最後のオチ(これがまた最高度にアホらしいのだが)まで、登場人物への感情移入をなくすこと無く読み切ることができる。

 こうしたまとまりがなぜ保持されているのかといえば、それは結局本作がどんなに奇想天外な方向に突っ走っても、「M男子に対するS女子のイジメ・調教→M男子からの逆襲→責めを受ける中でS女子からM男子への愛が発覚→両者がラブラブに」、という、ありきたりであるがゆえに非常に強固なエロ漫画の物語の様式をきっちり守っているからであろう。たぶんこの軸足を外してしまえば、本作は部分部分で面白さがあっても、全体としては筋の通っていない、実験作になってしまったのではないだろうか。

 歌舞伎の新解釈に挑戦した中村勘三郎は、「型があるから型破り。型が無ければそいつは単なる形無し」を座右の銘としていたというが、エロ漫画でも同じなんだろうなと思った(といい話っぽくまとめる)。
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